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風刺画事件に思う

あまりアメリカでは大きな話題になっていないのだが、世界各地でデンマークの風刺画事件の余波が大きくなっているようなので、遅まきながらちょっと考えてみた。

そもそも、イスラム教では偶像崇拝自体がタブーとされている。その意味では、デンマークの新聞社は「可視化してはならない聖なる存在を可視化」してしまい、さらに「それを風刺するような内容を書いた」ということで二重のタブーを犯している。イスラム教徒達が激怒するのも理解できる。なおかつ、彼らが犯したもうひとつの大きな間違いは、社会の変化を読みきれていなかったこと。おそらくこの手の事件は数年前までなら大きな問題にはならなかったのだろうが、いまやヨーロッパ各国にはイスラム系移民の流入が進んでいるし、情報システムの発達によりデンマークの片田舎の新聞記事でさえ数時間後にはそのまま全世界で閲覧可能となる時代である。その有象無象の情報がものすごいスピードで飛びかう世界で、一部のイスラム教徒たちは、一部の地域的な紛争をキリスト教対イスラム教というわかりやすい世界的な二項対立に落とし込もうとしている。社会の木鐸たる新聞社ならば、センシティビティと風刺画がもたらしうるインパクトを考えるだけの想像力を持つべきだ。

ただ一方で、イスラム各国にも反省すべき事項がある。政・経・教が密接に関連しているイスラム諸国は、西側諸国が自分たちとは異なる別の社会システムで動いている現実を理解すべきだ。一新聞社の犯した間違いについて、デンマーク政府に規制を求めたり、謝罪を求めたりすることは、西側諸国では理解不能な主張となってしまう。たぶんこのままでは、落とし所を探るのが難しそうだ。

この手の宗教的対立が起きるたびに、僕は暗澹とした気持ちになる。イスラム教も、ユダヤ教も、キリスト教も起源は一緒だ。中東の砂漠に現れた唯一神を、イスラム教はアラーと呼び、ユダヤ教はヤハウェ、キリスト教はエホバと呼んだ違いに過ぎない。なぜ、何千もの間、お互いの存在を受容することができなかったのだろうか・・・・・

でも時代は動いている。いまやアメリカ本土から中東まで直行便が飛ぶ時代だ。ネットの普及により、僕ら一般市民が国境を越えて情報交換をすることだって可能になった。僕らの住むミシガン州にだって北米最大のイスラム人口が居る。まだまだ気が遠くなるような長い時間が必要かもしれないが、僕らはできるところから相互理解を始めなければならない。ハンチントンの言う「文明の衝突」を避けられるように・・・・・

at 00:13, tonotono, 宗教学

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